国境を意識しないで暮らしている多くの日本人にとって、全く想像のつかない
事です。その時の政情により、ある日突然、ハンガリー国民からオーストリア
国民になったり、その逆であったり。
Blaufrankisch/ブラウフレンキッシュと言うブドウからオーストリア最高と評価
される赤ワインを造り出すのがWeingut Moric/ヴァイングート・モリッツ。この
造り手のブドウ畑はいくつかの街に分散して所有されています。そのひとつ
がLutzmannsburg/ルッツマンスブルクと言う小さな街にあります。この街は
国境を挟んでハンガリーの街と隣接していて、小高い丘の上に立つと両方
の街を見渡せますロケーションにあります。
上の画像をご覧下さい。白っぽい石塔に分かり難いですが1922と数字が見え
ます。この石の所までが1922年までハンガリーだったのです。今の国境はこの
石の遥か東にあり、この地が政情に左右されて来た事が判ります。
この石の付近には監視小屋があって、不法入退出をする人を監視、無視した人
は容赦なく撃たれたそうです。まるで映画です。しかし、そんな現実が100年程
前には日常的にあったと言うのですから、信じ難い事です。
この様なのどかな風景なのに...。この風景を見ながら説明を聞いている最中に
そんな思いに駆られました。
上の画像の奥に見えるのはオーストリア側の街で、その先には山があります。
一度、緩やかに下るものの、山に向かって斜面が続きます。
下の画像はこの一体を見渡せる様に作られた見晴台からの風景です。見晴台
の両側にブドウ畑があるのが判ります。この見晴台を下った延長線上に先程の
白い石塔があります。当時は見晴台の右側はハンガリーでした。勿論、当時は
この見晴台はありませんでしたが。
かつてのハンガリー領だった部分の畑はほぼ平坦で、今のハンガリー国境が
近づくにつれ、やや急斜面で下って行きます。そしてハンガリー国内に入ると
地平線が見える平坦地になります。
この付近は共に赤ワインを主に産出するエリアでオーストリアではその主品種
がブラウフレンキッシュ、ハンガリー側ではKekfrankos/ケクフランコシュになり
ます。このケクフランコシュはブラウフレンキッシュのハンガリー語で、Blau =
Kekで青黒っぽいと言う程の意味。Frankisch = Frankosでフランク族のと言う
意味です。
同じ品種を使いながら土壌と地勢の違いにより、ブラウフレンキッシュからの
赤ワインは華やかな果実味があり、酸味とミネラルの主張がある力強い酒質
である事が多く、ハンガリーのケクフランコシュからの赤ワインは果実味の中
に酸味と渋味(タンニン)が丸く溶け込んでいる柔らかい酒質である事が多い
と感じました。
ヴァイングート・モリッツの本拠地はこのルッツマンスブルクではなく、ウィーン
からそう遠くはないGrosshoflein/グロースヘーフラインと言う街です。この地
には畑を所有し、ブドウを収穫すると本拠地まで速攻で運び、醸造に入って
いたのですが、運送途中にブドウがどうしても傷んでしまいます。そのリスク
を回避する為、長距離の運送の必要のないこのルッツマンスブルクに新たに
醸造所を取得、この秋から稼働する事になりました。
今回はその新醸造所も見せたいとのRolland Velich/ローラン・ヴェリッヒさん
(ヴァイングート・モリッツのオーナー兼醸造家)の好意でこの地から見学を
開始しました。この後、本拠地へ向かう途中でもう一カ所の畑に立ち寄り、
更にハンガリーのショプロンを通過し、オーストリアのグロースヘーフライン
へと北上します。
この後からは日に何度も国境ゲートを通過する日々が続きます。次回は、
同じブラウフレンキッシュを栽培する畑ですが、このルッツマンスブルクとは
かなり景色の異なるNeckenmarkt/ネッケンマルクトからのレポートです。